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Journey

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バイオグラフィ

Neal Schon / ニール・ショーン:Guitars, Background Vocals Jonathan Cain / ジョナサン・ケイン:Keyboards, Lead Vocal*, Background Vocals Ross Valory / ロス・ヴァロリー:Bass Guitar, Background Vocals Deen Castronovo / ディーン・カストロノヴォ:Drums, Background Vocals Steve Augeri / スティーヴ・オウジェリー:Lead Vocals [1973年] *“サンタナ”が傑作アルバム「キャラバン・サライ」を発表した直後、ニール・ショーン(G)とグレッグ・ローリー(Key)が脱退。 [1974年] * この2人を中心としてジャーニー結成。オリジナル・メンバーは他にロス・ヴァロリー(B)、エインズレイ・ダンバー(Drs)、ジョージ・ティックナー(G) [1975年] * デビュー・アルバム「宇宙への旅立ち」リリース。 [1976年] *「未来への招待状」リリース。 [1977年] *「NEXT~果てしなき挑戦」リリース。 [1978年] * スティーヴ・ペリーがVoとして加入。ロイ・トーマス・ベイカー・プロデュースによる「インフィニティ」リリース。“ホイール・イン・ザ・スカイ”“ライツ”“エニィタイム”等のシングルヒット曲もあり、全米最高位21位。200万枚のセールスを記録。スーパースターへの第一歩となった。 [1979年] * モントローズからスティーヴ・スミスがDrsとして加入し「エヴォリューション」をリリース。“TOO LATE”“ラヴィン・タッチン・スクイージン”のシングル・ヒットで全米最高位20位、200万枚のセールスを上げる。 *同年4月初来日公演を行う。 [1980年] *「ディパーチャー」リリース。“お気に召すまま”が大ヒット、全米最高位8位、300万枚のセールスを上げる。 *同年10月、2度目の来日公演。その後高田賢三プロデュースの映画「夢、夢のあと」のサントラを日本でレコーディング。12月に同アルバムリリース。 [1981年] * ジャーニー初のライヴ・アルバム「ライヴ・エナジー」リリース(全米最高位9位)。これを期にグレッグ・ローリーが脱退。後任に元ベイビーズのジョナサン・ケインが参加。同年7月、初の全米NO.1となった「エスケイプ」リリース。“クライング・ナウ”“ドント・ストップ・ビリーヴィン”の大ヒットもあり800万枚の売上!! *「エスケイプ」リリース直後に3度目の来日。サンタナの飛び入りもあった。 * ニール・ショーン&ヤン・ハマーによるプロジェクトで「閃光」リリース。 [1982年] * 前年から1年にわたるツアーの締めくくりとして4月、4度目の来日。 * 再びニール・ショーン&ヤン・ハマーによるプロジェクトで「パワー・オブ・エナジー」リリース。 [1983年] *「フロンティアーズ」リリース。“セパレート・ウェイズ”“オープン・アームズ”“時への誓い”等のメガ・ヒット・シングルを生み、全米最高位2位、1,000万枚のセールスを上げ、名実ともにNO.1アメリカン・バンドとしての地位を確立。 * 3月、5度目の来日。武道館を2回ソールド・アウトにする。 [1984年] * スティーヴ・ペリー初のソロ・アルバム「ストリート・トーク」リリース。“Ohシェリー”が大ヒット。またニールはサミー・ヘイガーをVoに迎えたHSASというプロジェクトで「THROUGH THE FIRE」リリース。個々の活動がメインとなっていった。 [1985年] * スティーヴ・ペリー「U.S.A.FOR AFRICA」に参加。 * 映画「ヴィジョン・クエスト」のサントラに収録された“オンリー・ザ・ヤング”が全米最高位9位の大ヒット。 [1986年] * 3年振りの「RAISED ON RADIO」リリース(全米最高位4位、400万枚)。この時点でロス・ヴァロリー、スティーヴ・スミスが脱退。事実上活動停止状態になる。 [1987年] * 3月,「ベイ・エリア・ミュージック・アワード」にて演奏。それはニール、ジョナサンに加えてベースにランディー・ジャクソン、ドラムにナラダ・マイケル・ウォルデン、そしてヴォーカルにはマイケル・ボルトンだった。 [1988年] * 「グレイテスト・ヒッツ」リリース。驚異的ロングセラーとなり900万枚のセールスを記録。今だに売れ続けている。 [1989年] * ニール・ショーンはソロ・アルバム「レイトナイト」リリース。その後ジョナサン・ケイン、ジョン・ウェイトらとともにバッド・イングリッシュ結成、来日も果たす。(2枚のアルバムをリリースして、91年解散) [1991年] * 10月ビル・グレアム追悼のコンサートでニール、スティーヴ、ジョナサンの3人が5年振りに再会。 * グレッグ・ローリー、スティーヴ・スミス、ロス・ヴァロリーらによるTHE STORMの「THE STORM」リリース。 [1992年] * 集大成ボックス・セット「TIME3~永遠の旅立ち」リリース。 * ニールのニュー・バンドHARDLINEのアルバム「DOUBLE ECLIPSE」リリース。 [1994年] * スティーヴ・ペリー、10年ぶりとなるセカンド・ソロ「ストレンジ・メディスン」リリース。 [1995年] * ジョナサン・ケインのソロ・アルバム「BACK TO THE INNOCENCE」リリース。 * マライア・キャリーがアルバム「DAYDREAM」で“OPEN ARMS”をカバー。 * スティーヴ・ペリー、ニール・ショーン、ジョナサン・ケイン、ロス・ヴァロリー、スティーヴ・スミスという黄金のラインナップで再結成。曲作り、リハーサルを開始。 [1996年] * 4月、10年振りとなるニューアルバムのレコーディングに突入。 * 10月シングル「WHEN YOU LOVE A WOMAN」、ニュー・アルバム「TRIAL BY FIRE」リリース。 * シングル「WHEN YOU LOVE A WOMAN」はビルボード最高位12位、アルバム「TRIAL BY FIRE」は最高位3位、シングル・アルバムともプラチナ獲得する大ヒットを記録。 [1997年] * 幾度となく再結成ツアーの情報が流れるが、スティーヴ・ペリーの腰の怪我の状況が芳しくなく、未定延期に。 [1998年] * 4月8日「GREATEST HITS LIVE」リリース。 * 5月7日のプレスリリースをもってジャーニーからスティーヴ・ペリーが正式に脱退(同時にステーヴ・スミスも自身の道を求め脱退。以前からやりたかったJAZZ BANDで活動)。新ヴォーカリスト、スティーヴ・オウジェリー、新ドラマー、ディーン・カストロノヴォを迎え“新生ジャーニー”として活動することを宣言。 * 新生JOURNEY第一弾!超強力サントラ「アルマゲドン」に、新しいメンバーでのファースト・レコーディングとなった新曲“REMEMBER ME”を提供。映画も大ヒット、サントラも全米NO.1を獲得。 * 6月に15年ぶり6度目となる来日公演が実現。81年ESCAPE TOUR、83年FRONTIERSツアーと同様、ワールド・ツアーの一発目に日本を選ぶ。来日公演は新旧交えたベスト・セレクション的内容で「トライアル・バイ・ファイアー」からのナンバーも初めて披露!(6月20,21日東京国際フォーラム ホール、6月22日大阪厚生年金会館、6月25日名古屋センチュリー・ホール) * 10月10日から全米ツアー“VACATION'S OVER TOUR”スタート。12月31日まで全米55カ所を回る大規模ツアー実施。 [1999] * 6月2日から「VACATION'S OVER TOUR '99」をスタート。フォリナーとともに9月6日まで全米60カ所をくまなくツアー、復活をアピール。 * ツアーの合間を縫ってニューアルバムのための曲作りを開始。 [2000] * 初頭よりニューアルバムのためのレコーディングをスタート。プロデューサーには前作同様ケヴィン・シャーリーを起用。 * 3月にはオフィシャル・サイトでステイトメントを発表。「エスケイプ」の2000年ヴァージョン!のような雰囲気のアルバムで、秋からツアーもスタート予定と宣言。
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